アマゾンでキンドル本が大量にセールされていたので3冊だけ買った。今回のセールはSF作家の本が多い印象だ。アガサクリスティなどのミステリ作家の本も少ないがあった。SFはあまり読んでこなかったジャンルなので有名な作家の作品だろうがほとんど読んでいない。自分の好みに合致するか分からないが良い機会だ。面白い本を見つけて通勤の時間が楽しい時間に変わってくれれば良い。


 介護の仕事も大分慣れてきた。好意を持って接している利用者の人もいるが苦手な人もできた。仲の良い人のよだれを拭いたりお手洗いの介助などは全く抵抗なく出来る。陰部を触ることにも抵抗がなくなった。今はただの皮膚だと思っている。
 反面人当たりがきつい人。無愛想な人は苦手だ。障害を持つ人の中には全く喋れない人もいるがそういう人でも目の動きや動作の中に感情がある。決して無愛想ではない。僕が言っている無愛想な人というのはそういった人のことではない。
 苦手な人のよだれは正直凄く汚く感じる。この人気持ち悪いなと思うこともしばしばある。酷いことを書いている自覚はあるが介護する方も人間なのでしょうがないと思う。接客業の人がお客を嫌うことがあるように介護の仕事をしている人間もお客を嫌うことがあるのは当然のことだろう。人と接するという行為は好きな人・嫌いな人・どうでもいい人を分類する事であって嫌いな人が出来る事はどうあっても避けられない。
 昨日苦手な人の食事の介助をした。介助と言っても自分でスプーンをにぎって食事が出来る人なので僕がすることと言えば一度に食べる分量をお皿に盛ることとスプーンで取りやすい位置に食事を動かすくらいのことだ。食事の際はエプロンを着ける人と着けない人がいて食べこぼしが多い人は皆エプロンを着ける。自前のエプロンを皆持ってくる。エプロンに食べこぼしが落ちると介護者がスプーンで拾って皿に戻す。清潔なエプロンなので問題ない。周りも皆そうしている。利用者の人もお米が数粒落ちたくらいなら気にしないがメインの食材が落ちたときは気にする。
 昨日その苦手な人の時にメインのおかずがエプロンの上に落ちた。本人は気づいていない。食事に時間がかかる人で昼ご飯の時間内に食べ終わるか分からない分量の食事がまだ残っていたので別にいいやと思ってティッシュで取って捨ててしまった。悪いことをした。食事の最中もよだれを垂らす顔や口元に付いたご飯粒を見て気持ち悪いなと数度思った。食後にその人から礼を言われた。食事を急かさないからゆっくり食べられたとの事だ。僕がその人を苦手に思ったのは他の介護者にきつく当たっている場面を見たからだった。気分の上がり下がりは日によって当然あるだろうしきつく当たっていた日は機嫌が悪く昨日は機嫌が良かったのかもしれない。こういうことを経験すると介護の仕事に向いている人はどんな人とも平等に接することができるよう自分の性格を直していくのだろう。僕はというと昨日そんなことがあったのにイマイチそういう気分にはなれない。せめてそういう人と接するときは仕事だと割り切ってちゃんと接するようにしていこうと思う。