マズローの欲求五段階説というものがある。簡単に書くと人間には下から食や睡眠を求める生理的欲求・安全な暮らしを求める安全欲求・友人や社会からの評価を求める社会的欲求・尊敬を得たいと思う承認欲求・自分の考える本来あるべき自分になりたいと思う自己実現欲求の五つがあり下位の欲求が満たされると上位の欲求を求めるというものだ。


生理的欲求

安全欲求

社会的欲求

承認欲求

自己実現欲求


 安全欲求までは僕でも満たしている。満足に貯金はできないが日々の生活に苦労することはない。そう考えると今僕は三つ目の欲求である社会的欲求を求める段階のようだ。ただしこの社会的欲求と次の上位欲求である承認欲求は他の欲求よりも密接に関わっていると感じる。他方の欲求の中にもう片方の欲求の一部が内包している。社会的欲求を満たせば承認欲求も少し満たされるような気がする。

 正直あまり自分には縁の無い欲求だと思うがそのどちらもが完全に無いわけでもない。完全に無ければブログなんて書かないし介護のような人と接する仕事を選ばない。

 人と接するということに関してもう少し書く。ブログを開設する際一番迷ったのがコメント欄を設けるか否かということだった。自分の好きなことを好きなように書いていくスタイルに魅力があるように最初は思った。僕は自分のことを社会的欲求と承認欲求の薄い人間だと誤解していたので人と接することを求めていないとも思っていた。それにコメント欄を設けるとブログの過疎化が目立つ。

 今はコメント欄を付けておいて良かったと思っている。現実の社会ではドヤ街に住んでいることに共感してくれる人なんてまず見つけられない。ここに書けばコメントが無い記事でも誰かは読んでくれている。僕がドヤ街に住んでいることを知人で知っている人はほとんどいないし話すこともしない。現実の世界では僕の生活に根ざした承認欲求は満たされない。あと自分の書いた文章ってあまり覚えていないが人と喋ったことって以外と覚えている。

 人がブログを始める理由は様々だが僕の場合は社会的欲求と承認欲求が主な動機だったのではないかと思う。僕だけではなくブログを書いている人ほとんどがそうではないかと思う。コメント欄を設けていない人もいるが現実世界で言えないことをブログに書くことはその人にとって重要な意味があるはずだ。何かをするという行動には必ず理由があるし無意識のうちにブログを始めていたなんて人はいないだろう。となるとブログを辞めるという行動にも明確な理由があると思う。それは現実世界で欲求を叶えたのかもしれないしブログを書いて欲求を満たすことを諦めたということかもしれない。

 すぐに挫折したがこのブログを開設した当初は家を捨てて各地を放浪する生活を送ろうと思っていた。だけれどそのようなことを知人に言っても止められることは目に見えている。現実社会で満たされない欲求を解消するために僕はネットの世界に飛び込んだのだ。そのための手段はツイッターでも良かったが僕のように長文を書く人間にはブログが適していた。

 となるとこのブログを辞めるときもはっきりしている。社会的欲求と承認欲求が満たされ自己実現欲求を追い求める段階になったときだろう。

 自分の考える本来あるべき自分になりたいと思うことが自己実現欲求だと書いたがそう考えるとその欲求に向かう自分の姿もブログに書いていけそうだ。ブログを書くということに終わりが見えない。