本日土曜日の横浜は朝から夕方まで雨の予報となっている。今窓の外を見ると注視しないと見えない細い雨が降っている。午前10時になるところだ。例え弱い雨であろうと雨が降っているのには違いない。それなのにどこからか工事の音がする。この雨の中頑張っている人も居る。

昨日はスーパーで買った4分の1サイズのピザと焼き肉弁当と唐揚げを寝る前に食べた。ピザは朝食にするつもりだったがお酒を飲んで訳が分からなくなった。お腹が苦しくて寝転んでからもなかなか眠る事が出来なくて大変だった。起きて1時間が経つが未だにお腹が空かない。早いうちに禁酒しないと駄目だ。

そう言えば昨日は13日の金曜日だ。今の若い子供達は13日の金曜日と聞いても何の事だか全く分からないのでは無いかと思う。もうジェイソンがテレビに映る時代では無くなっている。



今月はまだ姪の誕生日と友人と会う約束が控えている。正月に甥と姪の2人にお年玉も渡した。毎年1月は普段の月の倍ほどのお金が必要となる。新年がやって来るのは良い事だが1年のうちで1月が最も経済的に困窮している時期かもしれない。

この前帰省した時に将来は薬剤師になりたいと2人とも語っていた。随分と立派な夢を持ったと思う。アマゾンが薬品を扱うようになるとかで薬剤師の給料は今後下がっていくという記事をついこの前見た。時期的にはあまり宜しくない気がしないでもないが本人の夢だからやりたい事をすれば良いと思う。これは別に無責任に言っているのではない。本人の意思がある所にしか道は開かないのだから自分を信じて進むしかない。それにしても37歳にもなって俳人になりたいなとか考えている僕とは雲泥の差がある。

お年玉も誕生日祝いも渡してやれるのは後数年だろう。20歳になれば辞めるべきなのか本人達が自分の力で給金を得るようになれば辞めるべきなのか分からない。もしかしたらずっとこの先も渡し続けるべきなのだろうか。そうなると卒倒してしまいそうだ。今の所僕よりも遙かに良いお金の使い方をしているようだから経済的には苦しいが心までは苦しくない。

思えば僕が子供の頃には毎年お年玉をくれたり誕生日祝いをくれるような大人は居なかった。親のせいだ。親戚と呼べるような付き合いもない今の僕よりも孤独な両親だった。お金を渡して甥と姪がありがとうと言う限りはお年玉と誕生日祝いを続けようと思う。



就寝時足の下に来る布団をわざとまくり上げて裸足の足を直接床の上に置いて寝ている。床はフローリングになっているからひんやりとして気持ちが良い。最近始めた癖だ。冬場にアイスクリームを食べるのと同じで体の事を無視した一種の贅沢をしている気になる。何か悪い事をしているような気持ちが特別な行動を取っているのだという気分を湧き起こし自分を満足させてくれる。夏場にエアコンの効いた室内で布団にくるまり体を温めるのもこの類いの贅沢だろう。今では足を冷やして寝ないと物足りない気がする。

布団の外に足を出して寝るなんて子供の頃にはとても出来なかった。そんな事をしたら幽霊に足首を掴まれる。今はジェイソンはテレビに出ないし部屋の中にお化けも出ない。